『Autodesk Creative Design Awards 2016』は、「The Future of Making Things ~創造の未来~」をテーマに開催された。〝ものづくり部門〟では未来の生活を便利にしてくれる工業デザイン/プロダクトが審査され、水野諒大氏の『SWELL』がグランプリを獲得している。水野氏に受賞作品の制作過程について聞いた。
水野氏が応募プロダクトとして選んだのは、「スプーンやマドラーを使わず、その形状だけで撹拌が可能なコップ」だった。このアイデアは、コップで作ったインスタントの飲料が、スプーンを入れたままだと飲みにくいと感じた体験から生まれた。
コップについてあらためて観察してみると、スプーンはソーサーなどの上に置くとそれを汚してしまうし、オフィスなどには無いこともあるなど、いろいろな問題を引き起こしていることがわかった。そこで水野氏は、スプーンがなくてもココアなどの粉末を溶かせるようにできないか、というところから考え始めた。
九州大学芸術工学部の工業設計学科でデザインを専攻し、プロダクトデザインを学んできた水野氏。卒業研究のテーマは、「3Dプリンターの特徴を生かしたプロダクトの研究」だ。デザインは、金型を使った従来の製造方法には無い、3Dプリンターの強みを生かす方向で進めた。
ソフトは『Autodesk Fusion 360』を使用。大学の授業でもCADソフトを使っていたが、2015年秋Fusion 360エバンジェリストによる講習会へ参加したのを機に、勉強を始めていた。
水野氏は、それまで使っていたソフトではスカルプトモードでのポリゴンモデリングができず、有機的な三次元曲面を作るときに苦労していた。スタッフをしているファブラボ太宰府でいろいろな人に薦められたこともあり、乗り換えることを決めたという。
受賞作品SWELLの特徴は、コップの内側にあるスプーンの代わりの多数の隆起。これは、海の波が持つ緩やかな曲線にヒントを得たものだ。
水野氏はまず、構造モデルとして幾つかの凹凸のパターンを3Dプリンターで作った。そのプロトタイプに水とココアを入れ、コップを回してかき混ぜテストをしている。「最初は実用的に機能するものになるかどうかも確信が持てなかった」ので、実用化できるよう機能面に絞ってデザインを進めていった。
コップ側面内側の凹凸は、粉末の溶けやすさが向上するよう隣り合うものの高さを変えている。実験を繰り返して最適な高さを導き出した結果、「ココアならわずか20秒で溶かしきる」ことが可能だ。また、撹拌時に遠心力で溢れないよう上部には〝返し〟を配置した。粉末が溶け残らないよう、底部には流体の回転方向に対して垂直な放射状凸部が造形されている。
プロトタイプの製作には、ファブラボ太宰府や大学の3Dプリンターが使われた。主に熱溶解積層法の3Dプリンターを使ったが、透明な感じを出すためいくつかは光造形の3Dプリンターも使っている。出力中に話しかけてくれる同僚やお客さんもいて、「取っ手が付いていた方がいいかもしれない」「混ぜるときにこぼれにくくするには」といった議論が生まれて、助けになったという。
3カ月を経て完成したデザインは、Fusion 360のレンダリング機能により画像化された。
実用化の際にどのような材質にするかは、まだ確定していない。「内側の構造が特徴だと思うので、それを外から見てもわかるようにするためには透明な素材がいい」と語る水野氏。耐熱性のガラスで作れたらという構想もあるようだ。
水野氏は現在、九州大学大学院芸術工学府でデザインストラテジーを専攻している。大学院のコースでは実際にデザインを行うプロジェクトだけでなく、デザインコンセプトの決定から企画、生産、知的財産化、流通、販売までの教育が行われている。
水野氏は「デザイン思考やインクルーシブデザイン、デザインマネジメントなどを幅広く学んでいます。デザイナーは技術職に近い部分がありますが、そこから一歩進んで、デザインを戦略的に活用できるようになりたい」と夢を語ってくれた。